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Jによって用いられた最初の牛痘ウイルスは一人の感染した乳しぼり女の手から取られたが、これ以後は、人から人へ感染をうつすのに腕から腕への直接接種が用いられた。
その後、子牛の皮層上で増殖させることができる牛痘ウイルスの別の株、ワクシニアが導入された.このワクシ二アは今でも予防接種で使用されているウイルスの親であるが、その起源とその自然宿主が何であったかは時間の霧のなかに失われてしまった。
ワクチン接種はまもなく西欧諸国で普及して天然痘の予防に劇的な効果があったけれども、これは世界のどこでも普及したわけではなかった。
発展途上国ではワクチンプログラムの組織化が困難であったうえに、高温でワクチンが不安定であったことから、天然痘は、一九六六年に世界保健機関が根絶プログラムを開始するまで、世界規模での主要な死因であり続けた。
感染症の原因が微生物であることが明らかにされたあとの数十年間、それら微生物から人体を防御するには免疫性をどのように利用すればよいかについての戦いが続いた。
その戦いにおける二人の主役は、パリのR・PとベルリンのR・Cであった。
二人のライバル関係には当時の彼らの祖国の抗争が反映していた。
ドイツ人たちは血清の抗菌的な特性を精製しようと試みたのに対して、Pと彼の門人たちは細菌の破壊における白血球の重要性を認めていた。
Pは、ウイルスそのものを使用してウイルスのワクチンをつくり、病気を引き起こさずに免疫応答を誘発するというその後の伝統的な取り組み方となったものを開拓した。
ワクチンウイルス(痘苗)は、生きているが不利な条件下で長く増殖させられて弱められた(弱毒化された)ものか、または、殺されて完全に非感染性にされたものかのどちらかである。
これらで武装することによって、私たちは感染の予防に大いに成功してきた。
このため、一九七0年代の半ば以降に西欧諸国で生まれた人たちは、伝統的な小児期疾患、麻疹、耳下奨風疹のどれにもかかっていそうになく、また麻輝性ポリオの恐怖はまさに過去の記憶になったのである。
狂犬病ワクチンは最初につくられたワクチンのひとつである。
Jと同様に、R・Pがこれをつくったとき、彼には自分の扱っている微生物について明確な考えはまったくなかった。
彼は、狂犬病に感染したウサギの脊髄を使い、乾燥機のなかで材料を乾燥させてウイルスを不活性化した。
一四日後に感染性のあるウイルスがすべて破壊されたので、乾燥期間を漸次短くしたウサギの脊髄液をつくり、それらを一四日間連続して犬に注射することによって狂犬病に対する抵抗力を犬にもたせることができることを、彼は発見した。
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